日本人初のNBA選手 田臥勇太の凄さとは?

日本バスケ界では知らない人はいないと思いますが、日本人で初めてNBAのコートに立った選手です。そんな田臥勇太選手はどんな人なのか気になったので調べてみました。

プロフィール

誕生日:1980年10月5日(36歳)

身長:173cm

体重:75kg

血液型:A型

ポジション:PG

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生誕~学生時代

神奈川県横浜市で誕生。母親の影響で8歳でバスケットボールを始める。同じくしてソフトボールも始め、シニアリーグからの誘いがあるほどの実力があったが、中学校ではバスケットボールを選んだ。中学3年生では全国中学校バスケットボール大会に出場し3位入賞。大会ベスト5にも選ばれた。

高校は、バスケットボールの名門校:秋田県立能代工高等学校に入学し、即スタメンとなる。そして3年連続高校総体、国体、全国高校選抜の3大大会を制覇し、史上初の9冠を達成した。しかし、1年生の時の東北大会で仙台高校に敗れている。公式戦での敗戦はこの一度のみ。

2000年、ブリガムヤング大学ハワイ校へ留学。だが、2年間怪我に悩まされ、プレイしていない。2002年に大学を3年半で中退した。

 

アメリカ挑戦

 日本に戻り、約1年間JBLでプレーをし、新人王を受賞するなど大活躍。その後、2003年7月、NBAマーベリックスのサマーリーグに参加。同年、9月にナゲッツと契約したが開幕ロースターには残れず解雇。

その翌年、再度NBAに挑戦し、2004年9月にフェニックス・サンズと契約。同年11月には開幕メンバーに登録され、日本人初のNBA選手となった。開幕戦を含む4試合に出場したが、1か月後に解雇となった。

その後、サマーリーグに参加したり、NBAデベロップメントリーグに出場したがNBAのコートに再び立つことができなかった。

 

日本バスケ界復帰

 2008年に当時、JBLのリンク栃木ブレックスに入団。同年よりすぐに活躍を見せ、アシスト王、スティール王の2冠を獲得。2009-10年シリーズは、当時2連覇中だったアイシンシーホースを3連勝で破り、初優勝を果たし、プレーオフMVPに選出された。

また2010年11月に日本代表として初めて主要国際大会であるアジア競技大会に出場しベスト4入りに大きく貢献した。

その後、2011~2013年の約3年間は、アシスト、スティール、3ポイント成功率が振るわず、出場時間が減少。しかし、2013-14年シリーズでは再び、アシスト王、スティール王、ベスト5を獲得するなど昨年までの不調が嘘かのように活躍を見せている。

現在、2016-17年シーズンよりBリーグが発足し、プレーオフ進出を決めている。年齢的にも引退が迫ってきているので、ぜひ初代優勝を勝ち取って欲しい。

 

プレースタイル

彼の最大の特徴はパスセンス。視野の広さも兼ね備えているため、他の日本人ガードとは違う感覚を持っている。ジャンプシュートも得意とし、ドリブルからシートまでが非常に速い。体は小柄だがドリブルテクニック、スピードで相手を置き去りにするプレーを得意とする。

まとめ

彼の高校時代のビデオを見た事があるが、やはり次元が違っていた。なのであの田臥でもNBAでは通用しないのかと、当時、やはり身体能力の差は埋められないのだなと思った記憶がある。しかし、現在サッカーではヨーロッパなどで活躍する日本人が出てきているのと同じように、近い将来NBAで活躍する日本人選手が現れ、ファイナルの場で試合して欲しいと思っている。